kuroiの気ままブログ

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令和的宗教考察

昭和終わったときの話。あのとき宗教は完全に終わった。キリスト教も終わったし、イスラム教も終わったし、仏教も終わってる。宗教の本当の意味なんてもう無くなってしまった。純粋に神を求めている人もいたかもしれないが、ほとんどはそうではなかった。新興宗教も終わった。創価学会も終わった。天理教も終わった。大本教とかは潰された。エホバは元から終わってた。完全に宗教終わったって思った。でもさすがに信者に対して本部はそういうスタンスはとれないから見ないふりをした。そして露骨な延命措置に取り組んだ。それは案外間違いじゃなかったかもしれない。

終わってるってのは価値が無くなったってことだ。人間として価値が無くなってしまったら人間も終わるんだろう。僕はまだ終わってない、と信じたい。

そんなこんなで平成も終わった。平成は宗教の扱いマジで底辺だった。何もしてないのに嫌われた。でもそれは仕方ない。終わってるし。気持ち悪いし、害しかないと思われてるし、実際そのとおりだから仕方ない。一応言うけど僕、中の人だからね?

で、令和の宗教はどうなるのって話なんだけど、これはもちろん宗教自体今の所終わってるんだからまた始まるってことはないだろう。当然。希望的観測なし。奇跡もない。むしろ本当に神様いて、それが真実なんだったら奇跡ぐらい起こしてくれよって話。なんか宗教伸び悩んでるのおまえらのせいとか、上から言われたりするわけよ。でもじゃあどうすりゃいいのさ。だれも価値ないってわかりきった商品、どうやって売るのさ。腐ったリンゴを誰が食うってんだよ。商品に価値がないんだからいい加減分かれジジイ。

で、宗教批判しながら僕が宗教続けてるのなんで、って話になるんだけどぶっちゃけこれ楽しいからなのね。洗脳じゃないよ?笑 まあ昔からの知り合いとか友達とかでけえサークル的な感じなのよね。もちろんその中ではある程度信仰心ありますよ、ってポーズはとらなきゃいけない。それだけ。あとはみんないいやつなのよね。宗教と組織は腐ってるけど、でも大半のやつはただの優しいいいやつなんだよ。だから続けてるだけ。

なくなりはしない。それって価値はあるってことなんだろうか。そういう人たちにとって宗教は価値があるんだろうか。僕にとっても価値はあるのか。宗教、終わってないのかな。一般的な日本人の価値観からすると宗教終わってるけど、狭い世界ではまだ終わってないのかな。

でもそういうもんよな昔から。

 

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