『蛇を踏む』川上弘美
先日、家にくつ泥棒がはいった。
玄関先に置いていたスリッパやくつが片方ずつ無くなっているのです。両方なら使いみちもあろうというものですが、使い古しのスリッパ片方になんの価値があるのやらと訝っておりました。するとそこに新たな事実、どうやらくつ泥棒はこの街一帯に出没しているようなのです。
怒れる住民は捜索の末、犯人を絞り出すことに成功します。まあ、防犯カメラに写っていたわけですが。犯人は……たぬきでした。そう、あのたぬき。その寝床も突き止められ、あえなくご用となりました。そこには数百足のくつやスリッパが……なんともかわいらしい事件でした。
ということで今日の一冊はこちら。
ある日、藪の中で蛇を踏んでしまう。蛇はどろりと形をなくし、女の姿になって立ち現れる。そして蛇は〈わたし〉の母を名乗り、家に住み着いてしまう。追い出せないまま困っていると、蛇に魅入られたのはどうやら〈わたし〉だけではないようで……。
川上弘美さんはわたしの愛読する作家さんの一人です。川上さんの作品にはいつも(と言っていいと思う)ふしぎな生き物が登場します。それが不気味でもあり、またかわいくもあるという、そのへんがふしぎなわけですが。それは人魚だったり、河童だったり、くまだったり……そしてこの作品における蛇がそうですね。
蛇は家に住み着きますが、なにか危害を加えるわけではありません。むしろ料理を作ってくれたりするのですが、これがまたなかなか美味しそう(な描写)。気味が悪いし追い出したいけれども少しありがたかったりもするんですね。もちろんそこには独身女性を中心に据えたテーマやメタファもあるのかもしれませんが。
とにかく川上さんは現実と異界との境界線を意識させないところがすごい。まったくリアリティのない設定なのに、気づくと物語の中に引き寄せられてしまっている。まるでわたしたちまでが、蛇に魅せられてしまったかのように。未読の方には、この感覚をぜひ味わっていただきたいと思います。
ところで上述のようなどうぶつがくつを盗んでゆく事件は全国で発生しているようです。ちなみにくつを持っていく理由は、くわえやすい大きさだから、なのだそうです。かわいいから、よしとしましょうかね?