『カンガルー日和』村上春樹
本を好きになる。
わたしたちはその瞬間を経て、本を読み続けています。
そのきっかけは人それぞれでしょう。
はじめて読書の魅力を感じたのは国語の教科書でした。
学生のとき、ぱらぱらと教科書をめくっていると「鏡」という短編が載っていました。その短いはなしの面白さが、わたしを掴んで離さないのです。わたしは家にあまり本がありませんでしたので、その出会いは新鮮でみずみずしいものでした。それがかの有名な村上春樹の著書と知るのは、わたしが大人になってからのことでした。
『カンガルー日和』は村上春樹の短編集です。あとがきの日付が1983年になっていますので、かなり初期の作品ということになります。しかし最新作にまで貫かれている"ハルキ節"とでもいうのでしょうか、独特の文体はすでに完成されています。18篇が収録されているのですが、最後の図書館奇譚だけは少し長め(他の短編にくらべると)になっていて、単行本(絵本)にもなっていますね。すごく面白いですしおすすめです。
その中でも印象深いのはやはり「鏡」です。村上春樹さんからすればデビューしてまもない頃の実験的な1篇に過ぎないのかもしれませんが、わたしにとってはいまでも心に残る大切なものがたりです。
〈僕〉は自宅に友人を招き、怪談話を順番にしていくことになった。最後に順番がまわってくる。若かった頃のこと、〈僕〉は中学校の夜警の仕事をした。ある晩、嫌な気分で目がさめた。意を決して見回りをはじめるが校舎内に以上はないみたいだった。しかし学校の玄関を通り過ぎたとき、なにかがそこに見えた気がした。そこには僕がいた――つまりそれは鏡だった。
このあと当然オチがあるのですがそれは野暮なのでやめておきます。村上作品の特色といえば平易でリズミカルな文章と、難解なプロット。それとアメリカ感。ですが、この「鏡」では短編ということもあって、話は極めて単純です。それとリズムのよさ、文の平易さもあって、本をあまり読んでこなかった学生の脳にもそれはそれはやさしく吸収されたことでしょう。そしてその面白さは世界が認めるところですから、まさにわたしにぴったりの短編だったというわけです。
ところで最近うちにオレオレ詐欺らしき電話がかかってきました。わたしが出ましたのですぐに切られましたが。怖い世の中ですね。