kuroiの気ままブログ

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『嘘』2

 

 

「今日よろしく。たぶん少し遅れると思うけど」

 日曜日には行事が行われることが多い。今日は中学生以下の信者子女を対象とした教会周りの清掃奉仕作業が行われる。子供だけに任せるわけにはいかないので、僕と数人の信者が付き添うことになっている。

 西田は正面の御神体に向かって目をつぶり手を合わせた。数人の信者が教会の扉から出ていく声が聞こえる。それに混じって聞こえる車のエンジン音、自転車のベル、小鳥のさえずり。扉の隙間から入り込んだ音が教会の高い天井に反響する。

「それじゃ」

「うん、気をつけて。」

  その信仰心はどこから湧いてくるのだろう。西田の親に信仰があるわけでもなく、親戚にはむしろ止められたこともあるという。それでも信仰を選び取ったからにはそれなりの理由があるのだろうか。小柄な後ろ姿を見送って空を見上げると鼻の奥が痛くなった。

 中学生の参加者は四人、小学生は二十一人だった。小さな子供連れの母親の姿も目立つ。僕が小さい頃は数人の子供が来る程度だったように思う。いつもなら奉仕活動の前に父が簡単な挨拶をするところだが、今回は幹部の一人が代わりを努めた。

「みなさんこんにちは。元気がいいですね。たくさんお集まりいただいて嬉しいです。神様もきっと喜んでおられることでしょう。貴重な休みの日を神様のために使わせていただくことが、みなさんの徳づみになりますからね。さて、今日は教会の窓拭き奉仕をさせていただきたいと思います。高いところは大人でしますので、みなさんは手の届く範囲で結構です。それではよろしくお願いします。」

 子供たちが窓を布巾で拭きはじめる。拭き方が乱暴なので、掃除しているのか汚しているのかわからない。真剣に窓を見つめて取り組んでいる子もあれば、友達とお喋りをしながらしている子もいる。興味が無くなったのか、布巾を振り回して遊んでいる子達もいる。その姿に自分の幼かった頃が脳裏をよぎる。とは言っても僕の場合はもっとひどい。教会の裏手が家になっているのだが、小さい頃は行事の日になると自分の部屋に閉じこもって決して出てこなかった。掃除なんて嫌いだったし、他人に会うのはもっと嫌だった。そうしていつも西田が部屋まで声をかけに来た。

「ちょっと、布巾は振り回さないの」

「えーだってつまらないんだもん」

「今は大切な奉仕の時間だよ。みてごらん、みんなちゃんとしているでしょう。……健太君のお母さん病気なんだよね。健太君が頑張ってくれたら神様はきっと受け取ってくださって、お母さんの病気もよくしてくれるからね。だからほら、一緒にしようね」

 まっすぐな瞳で西田は語りかける。子供は納得したのかわからないが、それでも遊ぶのを辞めて素直に窓を拭きはじめた。他の子達もおしゃべりを辞めて熱心に窓に集中しはじめた。西田の声にはいつもそういった真剣さが滲んでいる。そうしなければならないと思わせるなにかがその声には含まれているのだ。

 僕もそんな西田の声にひかれて部屋を出ることになった。西田のには人を動かす力があるのかもしれない。当時の思い出はあまりないけれど、親しいわけでもなかった西田が執拗に僕の部屋をノックする音は今でも鮮明に覚えている。あれほど耳障りな音もなかなかない。渋々ドアを開けた僕に西田はひとこと「出てこなきゃだめじゃない」とだけ言った。僕は納得したわけじゃない。でも次の行事からはきちんと顔を出すようになった。

「それでは終わりにしましょう。中にお菓子を用意していますよ」

 子供たちが喜びの声をあげ、教会に駆け込んでいく。

「ちゃんと手をあらうのよ。いい?」

 あとを追って西田が教会に入る。それを見届けてから、僕は忘れ物や片付け忘れがないか見て回る。案の定そのままになった布巾やバケツが置いてある。ふと窓から中を覗き込むと、子供たちの中できらきらと笑顔を振りまく西田の姿があった。